今までに仕上げた言語媒体の作品のうち、
論理性よりは感性に訴えるものを掲載します。
■2013/7/16追記
とりあえず完成と自分で思ったものは何でも掲載してしまっているが、
作品と呼ぶに値しないようなものが多いため、今振り返って比較的まと
まっていると感じるものを列記させていただく。
自分の目で見て比較的バランス良く仕上がっていると感じるのは
の三点である。
緊張感の点でパワーがあると感じるのは
の三点である。三点目は小説の体裁をとっているが、小説としての出来
栄えは素人の域を出ない。ただ、最後の表現には少し思い入れがある。
また、佯狂の作として比較的整っていると思うのは
の二点である。作者自身が狂している風を装って文法を崩す試みは、結
局まとまりのある意味を作品に込めることが難しく、バランスが難しい。
着想に面白みがあるかなと思うのは
及び
「INNER TRIP !」中の
の二点である。前者は街という空間を俯瞰しつつ想いを重ねる趣向で、
後者は自分の屋敷を徘徊しながら蟻のように自分の屋敷を改築し続け、
あまつさえその空間と自分の精神世界を同一視する男の物語である。
また、思想・詩想的なものを語った文章として
は少し興味深いように思う。「リズム・韻…」は最後に掲げた理想を叶
えた作品があるなら(自分では結局そんなもの書けなかった)読んでみ
たいものだ。「ゴドーを待ちながら」のような一部の現代演劇が近いの
かもしれない。「死体に関する…」は「嘘」と称して誤魔化しつつ、
そこに並んだ命題群は全て筆者としては根拠のある内容である。が、
それを詳しく説明しないことで、けっきょく呪文じみた、論理性よりは
感覚に訴えることを狙った表現になっている。「葦笛…」は、なんと
これでも失恋の感慨を述べたものらしい。当時大学で学んだ概念をその
ままぶちまけてある所も見えて、今更ながら大学という場で受けた刺激
は大きかったのだと気付かされる。
いずれにせよ素人の乱文を晒す恥を思わないでもないのだが、そういっ
て埋れさせてもおけないような、止むに止まれぬ所もある。
お目汚しで、恐縮である。