思い切って陰気な風景である。風が枯れ果てた木の梢をかすめて、
荒んだ音を響かせている。その枯れ木にカラスが1羽とまっている。
そのカラスが荒んだ風にのって白銅色の空に舞い上がり、抜けた風
斬り羽根が一枚降ってくる。刃のこぼれたナイフのようなその羽根
が、枯れ木の傍らに立っている小屋の、小さな窓の前をよぎって落
ちる。風があたる度にガタガタいう、立て付けの悪いガラス窓だ。
ガラスが汚れている上、部屋が暗いらしく窓の中はよく見えない。
床には絨毯が敷いてあるらしい。机があり、男が座っている。
薄暗い部屋の中に入ると、風の音が遠くなる。代わって窓ガラス
のガタガタいう音が大きく聞こえる。そして時折、男のうめき声が
聞こえる。よれよれの上着を着た男が、ニスの剥げた机に肘をつい
て頭を抱え、白いもののいくらか混じった頭をかきむしっている。
机の上には数式の書かれたノートと、酒の注がれた安物のコップ。
床の絨毯は埃だらけで、しかも所々染みができている。ノートの文
字は震えている。コップには傷が付いている。文字が震えているの
は、男の体が酒にむしばまれている証拠だ。コップが傷付いている
のは、酔った男がどれほどバカなことをするかを示している。傷は
文字を表しているらしい。"Alice"と読める。
と、ドアを蹴破って入ってきた者がある。チョッキを着込んだウ
サギだ。これでもかというくらい痩せこけて、口元は神経症的に引
きつり、額に血管が浮き出ている。
「馬鹿ジャクソン! さっさと着替えロッ! 女王に拝謁するチャ
ンスだぞ!」
途端にジャクソンと呼ばれた男は飛び上がり、全身をガタガタ震
わせながら、乱れて額にかかった前髪の間から、血走った黄色い目
で入ってきたウサギをにらみつけて言い返した。しかしこちらは囁
くような声しか出ない。
「う、うるさいなジャバウォック、ボクはもういいって言ったろ
う?」ウサギの名前はジャバウォックというらしい。
「馬鹿! いいから着替えろ! グズグズするな! 夜会だ! 燕
尾服はどうした!? ステッキを持て! いや傘だ! いいややっ
ぱりステッキだ! 女王陛下にお会いできる! 馬鹿さっさとしろ
遅れる! 夜会に間に合わない!」
「し、静かにしてくれよ、あ、頭が割れちゃうよ・・・いいんだよ。
ボクはダメだったんだ・・・」
「いま何時だ!? ああ! こうしちゃいられない! 帽子はある
な!? 何処だ、ピカピカのシルクハットじゃなきゃダメだぞ、何
処だ!? それから、ピカピカの靴、靴・・・そうだ真っ黒の革靴
だよ!」
「静かに、静かにしろったら・・・帽子なんか無いよ・・・」
そうジャクソンが言ったのが、ウサギが勝手に部屋の片隅に積ん
であった箱を開け、中からシルクハットを取りだしたのと同時だっ
た。さらにウサギがジャクソンの言葉を理解するのと、帽子を手に
載せようとして帽子の天井が抜けていることに気付いたのが一緒
だった。そしてジャクソンの言葉と部屋のシルクハット、2つの事
実がウサギの中で1つになって、罵倒の言葉となって炎の如く口か
ら吐き出された。
「馬鹿! 阿呆! 間抜けのジャクソン! 夜会まで時間がないん
だぞ! どうして女王陛下にお会いする気だ!? 底の抜けたシル
クハットでか!」
ウサギがシルクハットを踏みつけ、底が抜けながらも何とか形を
保っていたシルクハットは、とうとう帽子の形をなくした。床でく
しゃくしゃになった帽子はシクシク泣き出した。こんな気違いじみ
たウサギに踏みつけられて、泣き寝入りをする道理はない。にも関
わらず帽子が口答えひとつ出来ずに泣き出したのには、訳がある。
このシルクハットは、底が抜けたときから、もうすっかり自信を
失っていたのだ。そうして慰めてもらわなきゃいけない、いちばん
大事なときに、このシルクハットは帽子として使えないという理由
で、箱に入れっぱなしにされたのだ。自分がそのままでは帽子とし
て働けないという事実を、孤独で真っ暗な箱の中で、毎日いやとい
うほど思い知らされていたのだ。そうして自信を全て失い、すっか
り打ちひしがれ、絶望の中で既に流す涙も涸れ果てていたのだ。そ
ういう訳でウサギのジャバウォックが彼を不当に踏みにじったとき、
彼はもはや売られた喧嘩を買うだけの元気がなかった。涸れ果てた
はずの涙が溢れてきたのは、底が抜けても保っていた形を失って、
さらに絶望したということも確かにあるが、こうしてどう見てもシ
ルクハットとは言えない姿になったことで、かえってシルクハット
としての自分に対する未練が断てたこと、またこうなってはさすが
に主人も自分を捨てるに違いない、苦しい人生もこれで終わるんだ
という安堵感、そうしたことが重なって、気がゆるんだという事も
大きかった。悲しみに打ちひしがれて腑抜けのようになってしまっ
たかに見えたシルクハットの心も、逆に悲しみに打ちひしがれたこ
とで、どこかが身構えて緊張していたのだ。その緊張が切れて、シ
ルクハットは弱々しく、シクシクと泣いている。
「ああ、どうする!? なんでこういう事になるんだ!? ああっ
クソだから身の回りは綺麗にしておけってんだよ! 何だこの絨毯
は! 汚らしい部屋の、汚らしい、ごみ虫ジャクソン! 能なし数
学者! お前の能なしの尻拭いをしに行くんだよ、いいから立て!」
帽子を踏みつぶしたウサギがさらに言い募ると、「尻拭い」のと
ころでジャクソンの顔色が変わった。「ジャバウォック、そ、それ
をもう一度、い、言ってみろ、ああ」最後が悲鳴になって掠れたが、
元よりウサギは聴いていない。
「エエいや、そんなことは関係ないんだ! 帽子、帽子だよ! そ
うだ帽子屋の所に寄っていこう! 帽子屋に新しいのを仕立てさせ
るんだ! 今すぐだ! ああ、でも時間がない!」
ジャクソンは啖呵を切ったきり、もう何をする力も失せたように
椅子にへたり込み、ウサギを無視して机の上のコップを手に取ろう
とした。そこにウサギが飛び上がり、ジャクソンを椅子ごと床に蹴
り倒した。脇腹を蹴られたジャクソンは無様に床に手を付き、コッ
プは倒れて中の酒が絨毯に新しい染みをつくった。それでもジャク
ソンはのっそりと動いて立ち上がろうとしない。ウサギに引き立て
られ、引きずられるようにして小屋から連れ出されていく。枯れ木
に止まっていたカラスが鳴いた。白銅色の空のもと、2つの影が無
様に歩いていく。1人は訳もなくわめき散らしながらヒョコヒョコ
飛びはね、もう1人は両手をだらりと前に垂れてよろよろと歩いて
いく。
帽子がシクシク泣いたのに事情があるなら、ジャクソンがアル
コール中毒になったのにも、ウサギが四六時中気違いのように喚い
ているのにも、それぞれの理由がある。
ジャクソンはその昔まだ若かった頃、少女アリスが鏡の国に入っ
ていこうとするのを引き留めた。アリスはジャクソンの言葉を聞か
ず、大丈夫だと言って鏡の国に入っていった。それでもジャクソン
は諦めずに、アリスを取り戻すために力を尽くした。アリスを取り
戻すための方程式に食らい付いた。しかし、所詮解けるはずがな
かった。その頃のジャクソンは数学についてほとんど何も知らず、
三角関数の初歩も学んでいなかった。そもそも式の中に代数以外の
文字が出てくるなんて、見たことも聞いたこともなかった。ジャク
ソンがいくら諦めが悪くても、もう間に合わなかった。彼が引き留
めようとしたアリスは鏡の国に失われ、ジャクソンはひどい憂鬱症
のまま、惰性で数学を勉強し始めた。身の入らない勉強で、冴えな
い数学者になった。ある頃から飲酒が過ぎるようになり、数式より
アルコールに浸かることの多かった彼の脳は、もはや数式を書くに
も手をうまく動かせないほどになった。まだ白髪が目立つ歳ではな
かったが、こんな暮らしのせいで、頭には白いものが混じり、艶の
ない皮膚には深いしわが刻まれた。ジャクソンは投げ遣りになった。
投げ遣りにならなければ、ジャクソンは耐えることが出来なかった。
ウサギも良く知っていることだが、ジャクソンはあの頃のアリスに
会いたかったのだ。それでも会えないので、ジャクソンはその事を
考えないようにした。その事を考えてしまうと、体が震えだして心
は縮み上がり、呼吸が苦しくなって頭は狂いそうになるのだった。
何より最悪なのは、アリスを取り戻せなかった理由が自分の無知に
あるという事だった。今から見れば信じられないくらい、昔の自分
は愚かだった。アリスを取り戻せないという事実に加え、アリスの
ことを考えることは自分の無能を責め苛むことでもあった。だから
ジャクソンはアリスを取り戻すために何かするなんて、まっぴらご
めんだった。「アリスを取り戻そう」と考えるだけで、体と心と呼
吸と頭が前述の通りになるのだから。もう全て忘れたかった。忘れ
ないと、きっと遠くない将来、自分の頭はおかしくなってしまうと
思っていた。思うどころじゃない、そう信じ、恐れていたのだ。小
屋の片隅でたまらない恐怖に、ガタガタ震えていたのだ。
ところが、お節介のウサギがいる。ウサギのジャバウォックは、
ジャクソンの本当の気持ちを半分だけ分かっている、ありがた迷惑
なジャクソンの隣人だった。ジャクソンは本当は今でもアリスに会
いたい。あの頃のアリスに会いたいのだ。ウサギはこの点を誰より
も良く理解している。ところが、ジャクソンがあまりにもあの頃の
アリスに会いたいが為に、アリスのことを考えると気が狂いそうに
なる、という点をまったく理解していなかった。そんな事には耳を
貸さず、ひたすらジャクソンにアリスを取り戻す話をするのだ。そ
んな話をされると、ジャクソンはまた体と心と呼吸と頭が反応して
しまうから、それを止めるために酒を飲まなければならなかった。
ジャクソンは、ウサギが来る日には必ずアリスを忘れるために酒を
飲まなければならなかった。ウサギが来ない日は、アリスを思い出
さないために酒を飲まなければいけなかった。アリスのことを考え
ない日には、昔はあれほど毎日アリスのことばかり考えていたのに、
今ではアリスの「A」も思い出さずに1日送れるようになったとい
う、その事実に「心」というものの移ろい易さと現実の頼りなさを
思って酒を飲んだ。
ウサギのジャバウォックは何にしても半分だけだった。親切なの
はジャクソンの悩みを知って手助けしようとするまでで、いざ執る
手段はといえば親切のかけらもなかった。穏やかだったのは人生の
半分までで、残りの半分に突入した今、いつもキリキリして、その
振る舞いは半ば気違いとなっている。気違いも半分までで、言うこ
とにはある程度筋が通っているが、その言い方や実行は神経症的で
ある。そもそもその名前からして半分だけで、「ウサギのジャバ
ウォック」と言う、その前半は人畜無害のウサギだが、後半の
「ジャバウォック」は火を噴く危険な魔物である。そんな彼が何故
やたらと苛立ちわめくのか、それはここで話すヒマはない。ジャク
ソンとジャバウォックが帽子屋に着いてしまった。
「急げ帽子屋! 夜会に間に合わない! ともかく大至急仕立てて
くれ! 上等のヤツだぞ!」
店の扉を蹴破るように開けてウサギがわめくと、店の奥から、ヒョ
コヒョコと奇妙な歩き方をする男が出てきた。手首に紐を付けて吊
り下げられた人形のように、両手を左右にひょろりと持ち上げ、ひ
ざを開いてカクカクと歩いてくる。ひき剥いた目は何処を見ている
か分からない。服の襟から覗いた首の部分で、露出した歯車が見え
る。足のあたりからもカタカタと間抜けな音が聞こえる。あんぐり
と開けたままの口から、ひび割れた声が出てきた。
「牛も馬もおりませんよう」
「こいつにシルクハットをかぶせろ! 今すぐだ!」
「今すぐに、お帽子を?」
「そうだ! 急いでくれ時間がないんだ!」
「そんならホイと、砂時計を逆さにする」
帽子屋は店先にあった砂時計をくるりとひっくり返した。その間も
目は明後日の方向を眺めている。ウサギはそれを見て、慌てて自分
の懐中時計をあらためた。
「時間が足りなきゃ、砂時計を逆さまにする。時間が充分溜まった
ら、またひっくり返す」
「ああ! 助かったぞ帽子屋! おいジャクソン喜べ! これで夜
会に間に合う!」
ウサギが懐中時計をジャクソンの目の前に突きつけた。ジャクソ
ンはフラフラの足でここまで歩いて、もう倒れそうだった。動悸が
激しくなっており、その一回の拍動ごとに頭が割れそうに痛んだ。
冷や汗の流れ落ちる顔を時計と向き合わせて、黄色い目玉がこぼれ
そうなくらい見開いた目で時計を見つめた。時計は沈没船から引き
上げたかのように、ガラスにひびが入って文字盤は変色している。
針は動いていない。「時間は止まり、淀んで腐ったんだ」ジャクソ
ンは1人呟いた。それを無視してウサギと帽子屋が相談を始める。
「さて、牛も馬もおりませんで、どうしたものかしらん」
「牛は要らないが馬車はいいな」
「馬車を馬革で造ると? そりゃ、馬さん達いそぐでしょうな」
「馬が急ぐ! なお結構! 夜会に間に合わないことはない!」
「馬車にされるより馬でいた方が良い! 馬革で張った太鼓を叩け
ば、もっと急ぐでしょうや!」
「馬革の太鼓! ステキじゃないか! そいつも仕立ててもらおう
か!」
「ステキなのはこの帽子。旦那のチョッキにゃ、ようお似合いで」
ジャクソンの帽子などそっちのけで話す間、ジャクソンは椅子に
へたり込んで荒い息を付いた。帽子屋は変てこな黒いとんがり帽子
を持ち出した。ウサギがかぶると、性悪の魔法使い宜しく、ひどく
気味の悪い顔になった。ウサギは鏡を見て、ビリリとヒゲを振るわ
せる。「いいじゃないか!」ジャクソンは朦朧とする意識の中で、
この魔法使いが自分を長いこと苦しめていたんだと思った。そのと
きひょいと帽子屋が、ウサギとジャクソンの間に立った。帽子屋は
ウサギの方を向いていたが、見上げると帽子屋の頭の後ろに、もう
一つの顔が付いていてジャクソンを哀れむように見下ろしている。
「酒はいけねえよ、ジャクソンさんや、飲み過ぎちゃイケねえ」
「帽子屋、ボクは嫌だよ、女王の夜会なんて行きたくない」
「事情は知らねえけど、どれ、頭の大きさを測りまっしょ」
頭の後ろのイカれた顔がウサギの相手をする間、帽子屋はゆっく
りとした手つきでジャクソンの頭の大きさを測り、シルクハットを
仕立て始めた。帽子屋がジャクソンに話しかける声と、イカれた顔
がウサギとわめき散らす声が一緒になってジャクソンの耳に雪崩れ
込んでくる。
「子供達はみんなクジラに食われちまった!」
「クジラの中で食事会をしようという魂胆でしょうや」
「そんならクジラの剥製を学校のホールにおいとくのが良い!」
「そのクジラに入ったやつぁ、みんなイカの親戚ってわけですぁ」
「ジャクソンさん、お勉強は進んでますかい?」
「勉強なんか、知らないよ・・・」
「あれえ、旦那むかしはあんなに熱心にお勉強してらっして」
「もう間に合わなかったんだ。いいんだよ、済んだ話だ」
「腹が減った学生共は、クジラの中の食事会じゃ足りなくて、クジ
ラを中から食い始める! ウジ虫みたいにな!」
「旦那! イカ野郎は、どいつもこいつも大嫌いですぁ」
「口から入って脇腹から出てくる! クジラは人間になって、人間
はウジ虫になる!」
「イカには必ず寄生虫がくっついている! でかいモノには小さい
モノがくっついている!」
「あたしにゃ数の事なんてちっとも分かりませんや。女房はちっと
は分かりますがな。でもあんなに必死に解こうとしてらっした問題、
そんな風に投げちゃいけませんや」
「もういいんだよ、帰してくれボクを帰してくれ。アリスはもう帰っ
てこない。あんな問題くらい、今なら解けないことはない。でも、
遅すぎた・・・」
ジャクソンは拷問を受けている気分になってきた。自白剤が効い
ているように、ウサギとイカれ帽子屋のやりとりを聴いていると頭
の中が真っ白になってきて、帽子屋のもう一方の顔に訊かれたら何
でも答えてしまいそうだった。
「旦那、アリス様は、そりゃあお綺麗になられたじゃあありません
か」
「ああ! 後生だよ帽子屋、その話はしないでくれ!」
「クジラほどでかけりゃ、そりゃ沢山のウジ虫が育つぞ!」
「ハエにはハエの王、アブにはアブの王ってわけですわ」
「ハエ共の祭りだ! ネズミ共の饗宴だ!」
「ネズミ共がやりたい放題、いずれネコの餌食になるとはつゆ知ら
ず!」
「・・・それじゃ、旦那が悩んでらっした包帯式ってのは、解けた
んですかい?」
「方程式だよ・・・たぶんね。」
アリスを取り戻すための方程式は、まだ何も分からない頃に見た
だけだ。毎日必死で向き合っていたから、ぼんやりとは覚えている。
それでも今なら解けるのか、どうなのか、ハッキリとしたことは言
えない。それでも、いま考えるとそんなに難しいものではなかった
気がする。
「それじゃ、アリス様は・・・」
「だから、遅かったんだよ!」
「ネズミはネコが捕る! ネコはクジラに食べられる!」
「ネコと言やあ食っても食えませんからな! ネコはクジラが食う!」
「真っ暗な海の底から、マッコウクジラが一気に上がってパックリ
とな!」
「そのまま地獄より酷い海の底へまっしぐらでさ!」
「気まぐれネコは寒々しい海の底! ずっと寒い流氷の下だ!」
げらげら笑いながら、イカれ帽子屋がウサギの頭に何個目かの帽
子を載せた。全体がチェス盤模様になっており、所々に怪しげな
マークが描かれている。ウサギはやはりげらげら笑いながら、その
帽子をはすに被って鏡を覗き込み、またげらげら笑った。そのとき
俯いていたジャクソンの視界の端にも帽子の柄が見えて、途端に
ジャクソンは悲鳴を上げて頭を抱えた。ゲホゲホせき込むジャクソ
ンを帽子屋がかばう。
アリスは鏡の国へ行った。ジャクソンが解けるはずのない方程式
とにらめっこする間に、アリスはチェスの駒になった。ジャクソン
がふとした事で問題が解けないか、それとも他に方法はないかなど
と迷う間に、十把一絡げのポーンの1つだったアリスは、勇気を出
して敵陣に切り込み、そこでクイーンになった。そして相手のク
イーンを倒し、キングも倒して新しい女王の位についたのだ。十把
一絡げのポーンには近づけたジャクソンだったが、女王はあらゆる
意味でジャクソンとは不釣り合いだった。唯一無二の女王、高貴な
存在である女王、有能な統治者である女王、恐怖政治の推進者であ
る女王。ジャクソンは「アリス」と「女王」と「チェス」の三つが
苦手になった。この三つが話に出ると、体と心と呼吸と頭が前述の
通り異常をきたすのだった。ジャクソンはアリスに恋をした。アリ
スへの恋はジャクソンを心身症にしたし、アルコール中毒にしつつ
あるし、もうすぐ廃人にしようとしている。そもそもジャクソンは
真面目すぎ、かつ神経が細すぎた。誰かが親身になって慰めたり、
あるいはひっぱたいて叱咤激励したりすれば、まあ立ち直ったかも
知れない。が、残念ながらジャクソンの傍らにいたのは、あの気違
いウサギだけだった。
アルコールだけがジャクソンの心の心棒になった。アルコールが
入ると、ジャクソンは偽物の勇気を得て、小心者がよくそうである
ように、本人としては大胆な挙に出た。その「大胆な挙」の1つが、
例のコップの傷だった。酔った勢いで昔のアリスのことを楽しく思
い出していて、ふとコップにアリスの名を刻み込もうと考えたのだ。
酔った頭の中に切り子のガラスが思い描かれ、ステキじゃないか、
と思った。ガラスを切れる技術など無いのに、だ。ナイフで手を切
りそうになりながら、ようやく「Alice」と読める引っ掻き傷を付
けた。完成したときには酔いは醒めており、ジャクソンは自分の愚
かしさと情けなさを呪った。愚かにも、これから日々アリスの名前
を眺めて生きなければならなくなった。アリスのことはもう済んだ
と言いながら、こんな馬鹿な物を作ってしまう自分が情けなかった。
「旦那、大丈夫ですかい、気を確かに」
「ネコ共は流氷の下に! ずっと寒い流氷の下に!」
「それがヤツらの望みですぁ! 氷漬けだ! 黒い海の底で氷漬け
だ!」
「・・・大丈夫。大丈夫だよ・・・」
ほどなくして、ジャクソンの帽子は仕立て上がった。改まった服
も帽子屋が手配し、数学者ジャクソンはすっかり綺麗な服を着た。
それでかえって、艶のない顔や手足のふるえが目立つようになって
しまった。ウサギは壊れた懐中時計を確かめ「夜会には充分間に合
う」と意気揚々と帽子屋を出た。
女王の城では客達が訪れ、位の高い者達は順番に女王に拝謁して
いた。ジャクソンとウサギは来客名簿に署名だけして、大広間に通
された。ジャクソンは震える手で読めないような署名をし、トラン
プの兵隊に睨みつけられながら大広間に入った。やがて貴族達があ
らわれて一段高いところに席を占め、さらに女王が現れ、貴族達の
席の中心、周囲よりさらに少し高い場所に席を占めた。満座が立ち
上がって女王に敬礼し、女王が短い完璧な演説をし、音楽が鳴って
トランプの召使い達が給仕を始めた。
気違いウサギのジャバウォックはジャクソンのことなど忘れ、とっ
とと何処かへ行ってしまった。ジャクソンはブルブル震えながら、
誰とも口を利かずに、ものを食べたり飲んだりしていた。時折、
ジャクソンは心臓を握りつぶされそうな圧迫を感じながら、女王の
様子をうかがった。ジャクソンがいたのは、貴族達の席の目の前、
女王に最も近いあたりだった。女王はときどき召使いの方を指さし、
顔色ひとつ変えずに、執事に何か囁いていた。それが何であるか、
簡単に分かった。指さされた召使いが兵隊に引きずられて、何処か
へ連れて行かれるのだ。女王の唇の動きは「off his head」と読め
る。「彼の首を刎ねよ」と言っているのだ。
トランプ達は王国の奉仕者達だ。王国の住人としては数えられな
い。いくらでも代わりはいる。アリスが女王となってからは、トラ
ンプの兵隊達は至って強く勇敢に、トランプの召使い達は極めて礼
儀正しくなった。女王自ら目を光らせ、仕事の悪い者、心得違いの
者を片っ端から除いているのだ。新参者のうち、働きの良いものは
長く仕える。働きの悪い者は取り除かれ、新しいトランプが補充さ
れる。女王は私情を挟まず、王国の奉仕者であるトランプ軍団を鍛
え上げた。軍隊は強くなり、官僚は有能になり、召使いは洗練され
た。しかし。
「いかがですかな、今年のブドウの出来は」
「この間は素晴らしい馬をありがとう」
「off his head.」
「近ごろは小麦の値が下がって」
「まったく、素晴らしい城ですな」
「女王は何も感じないのだろうか?」
「off his head.」
「いやまったく、商人ばかりが得をする」
「トランプは所詮トランプかも知れないが」
「off his head.」
「本当らしいですぞ」
「それは是非見てみたいものだ!」
「トランプも、確かに嫌がっているというのに?」
「off his head.」
「もうこんなに大きくなられましたか!」
「素晴らしいワインができますよ」
「それは驚きですな」
「無能者はどんどん殺して、新しいトランプを?」
「off his head.」
「陛下のある限り、この国は安泰ですな!」
「陛下に乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「そんな・・・」
「Ah, off his head, later.」
ジャクソンが城門からよろけて出てくる。大広間では、まだパー
ティーが続いている。ジャクソンは城壁沿いに裏手へ回り、その途
中で何度か食べたものを吐いた。裏手の草地に崩れるように座り込
み、さらに吐いた。しばらくそこにいた。すると、草むらの中から
足音が近づいてきた。落ち着いた足取りで、ゆっくりジャクソンの
方へやってくる。
「大丈夫かな?」
修道士らしいフードの付いたローブを着て、痩せた顔の男が月明
かりの中に立っていた。吐くだけ吐いて落ち着いたジャクソンは、
ローブの男をぼんやりと見上げた。
「・・・アリス様は鏡の国から戻られ、その戻った場所に城を建て
て、この国を統治しておられる。アリス様が鏡の国から帰るはずの
この場所に通い続けたお前なら、知っていよう」
ジャクソンはただぼんやりと聴いていた。アリスは洞窟の奥にあ
る、秘密の鏡から帰ってきた。その傍らには石板があり、方程式が
刻みつけられていた。それを解いて必要な操作をすれば、アリスは
ただちに戻ってくるはずだった。その洞窟は、確かにこの城の真下
にある。ただ、戻ってきたアリスはこの場所に城を建て、アリスの
帰還を喜んでジャクソンが流した涙もろとも城の下に埋めてしまっ
た。
「お前は、あの方程式を解けるようになったのかね?」
ジャクソンはただぼんやり聴いている。
「この城の下に、あの洞窟はまだある。石板もそのままだ。お前が
アリス様を失わないために解かねばならなかった方程式も、何も変
わってはいない。見てみたいかね?」
ジャクソンはぼんやりと聴いていたが、目に軽い驚きが浮かんだ。
痩せた男とジャクソンは互いの顔をじっと見ていたが、ややあって
ジャクソンが頷いた。痩せた男は手を貸し、ジャクソンは震える膝
を叱咤して立ち上がった。痩せた男は城壁の下の地面に開いた、人
がひとり肩をすぼめて通れるかどうかという穴に滑り込んだ。ジャ
クソンが苦労してその穴に潜り込むと、穴が深くて足が届かず、ど
たりと穴の底に尻餅をついて落ちた。男が蝋燭に火を点すと、片面
が城壁の延長の石積み、もう片面が土という地下通路が、延々と伸
びているのが分かった。こんな穴があるとは、城壁を築いたとき
掘った土の埋め返しが雑だったのだろうか。痩せた男について歩い
ていくと、道は徐々に深く降りていくようだった。
城の物見塔らしき、城壁から出張った曲面にぶつかった。見ると、
足下に穴が開いている。そして城壁に鉄の梯子が取り付けてある。
痩せた男はジャクソンに道を譲った。先に降りろ、というのだ。手
元の光で男のこけた頬が強調され、目が異様に輝いて見える。ジャ
クソンは恐怖を感じたが、それでも震える足をかけ、梯子を降り始
めた。上の穴から僅かに漏れる蝋燭の光以外、完全な暗闇である。
一つ、二つ、三つと段を降りていく。が、痩せた男がついてくる気
配がない。どうしたのか、と思い、声をかけようとした瞬間、男が
先に口を開いた。「火を消すぞ」と呟いた。その声の聞こえ方に
よって、ジャクソンは始めて、自分がずいぶん広い場所にいること
を知った。
火が消えて、ジャクソンは完全な闇の中に取り残された。体がす
くみあがる。と、上から痩せた男が降りてくる音がした。
「な、なぜ火を消すんです」
「蝋燭を持って梯子を下りるわけには行かない」
「危険じゃないですか」
「目が慣れれば見えてくる」
男の言葉は正しかった。地表に出る穴からこんなに離れて、光は
まったく届かないはずなのに、梯子にしがみついていると、やがて
梯子が取り付けてある物見塔の壁面が、うっすらと緑色に見えてき
たのだ。見上げると、じっと見下ろす痩せた男の顔も見える。自分
の影が物見塔の壁面に出来ていることに気付き、ジャクソンは恐る
恐る後ろを振り返った。
広大な空間の足下に、輝いているものが沢山見えていた。星や銀
河のように見えた。
梯子はそんなに続いてはいなかった。物見塔は遙か下まで氷柱の
ように伸びているが、その途中にタイルの張られた足場があり、
ジャクソンと男は再び二本の足で立った。頭上は地底の岩盤に遮ら
れているらしく真暗で、足下には静かにまたたく光があった。狭い
足場をおぼつかない足取りで歩き、足場が曲がっていれば2人も曲
がった。物見塔から大分離れた。遠くに物見塔の円柱が見える。城
壁は見えなかった。城壁はあまり深く造っていないのかも知れない。
しかし、物見塔はどうしたらあんなに深く造れるのだろう?
足場は岩盤に据え付けられた扉に続いていた。痩せた男は振り返
り、ジャクソンに頷いて見せた。扉の向こうに、あの洞窟がある。
震える手を扉に伸ばした。ノブを巧く掴めないかと思った。掴ん
でも、扉が重くて動かないように感じた。しかしジャクソンは扉の
ノブを掴んだし、扉を押し開いた。扉の向こうから、こちらよりも
強い光が漏れた。ジャクソンが目を細めながら扉の向こうを見ると、
壁面に作りつけられた見覚えのある石組み、その石組みに収まった
見覚えのある意匠の鏡、そして、問題の石板が見えた。足下のタイ
ルは細い通路を残して崩れており、下には巨大な銀河が金銀の光を
放っているようだった。そして───
「待って!」
ジャクソンが駆けだしたが、遅かった。通路をゆっくりと、見覚え
のある少女が歩いていたのだ。水色の服、白いエプロン、栗色の髪。
「アリス!」
少女を吸い込んだ鏡の前に、ジャクソンは跪き、両手で地を掴ん
だ。その傍らに痩せた男が立つ。ジャクソンが男を見上げると、男
もジャクソンを見返した。男は何も言わず、無感動に見下ろしてい
る。石板は、目の前にあった。
ジャクソンの格闘が始まった。石板の上に、もう知らない記号な
ど無い。一通りのことをジャクソンは知っている。あとは腕次第だ。
無理ではない。思ったより厄介な連立方程式だが、変数が多いとい
うだけで、どうしたって分からないような場所は無さそうだ。ジャ
クソンは焦った。服のポケットに入っていた手帳のメモ欄に計算を
書いた。場所が足りなくなると、使ったことのないカレンダー部分
に計算を書いた。明らかになった変数は、シャツの袖に書き付けた。
間違いに気付いて消そうとしたとき、ペン先が皮膚を傷つけて血が
にじんだ。いつの間にか燕尾服は泥だらけになり、帽子は何処へや
ら、髪も乱れて前髪が目にかかった。血走った目が痙攣するように
石板と手帳を行き来した。男は黙って見ている。
最後の変数が明らかとなり、石板の指示通りの簡単な変換を加え
て、結論が出た。「diamond ten」ダイヤの10だ。鏡の周りの石
組みを見ると、格子状に組んだ石材の間に、トランプの柄を刻んだ
石が填め込まれている。スペードの7,ハートの3,クラブの5・・・
ダイヤの10。崩れかかった頼りない足場の先に、ダイヤの10が
あった。ジャクソンはふらりと立ち上がった。そのとき、男が呟い
た。「手遅れじゃなかったのかね?」
ジャクソンはチラリと男の顔を見て、ダイヤの10に近づこうと
した。壁から崩れかけの足場が僅かに出ている。ジャクソンは壁に
張り付く。その背中に、男が再び声を投げる。「手遅れじゃあ、な
かったのかね?」「いまアリスが鏡の国に入っていった!」ジャク
ソンは振り返りもせず、鋭く答えた。口の中で、今度こそ、と呟く。
目には昔のように光が宿った。そこに、さらに痩せた男の声が届く。
「誰がいたと? 私は誰も見ていない」今度は一瞬ふり返った。ジャ
クソンの視線の先で、痩せた男はやはり無表情に佇んでいた。あい
つが入って来たときには、アリスは鏡の中に消えていたんだ。口の
中で呟き、男を無視して歩を進めようとする。石組みにしがみつき、
足を滑らせるように進む。今度は男も黙って見ている。ダイヤの10
まで半分のところまで来た。あと半分、と足を踏み出した。その時
だ。片足を浮かせた途端、もう片方の足場が僅かに動いた。慌てた
ジャクソンが足を強く踏み込むと、今度こそは足場が砕けて落ちた。
もう片方の足も足場を捉え損ね、ジャクソンは石組みにしがみつい
てぶら下がった。足下には銀河が見える。心臓が締め上げられるよ
うに縮み上がり、背筋を悪寒が駆け上がる。硬直した首をようやく
巡らすと、痩せた男が少し慌てたように、こちらに手をさしのべる
のが見えた。しかし届かない。手元を見上げた。手が汗で徐々に滑っ
ている気がする。這い上がらねばならないが、這い上がろうと力を
込めたら手が滑りそうだ。再び男の方を見て、そして悟った。アリ
スは、もう女王になったのだ。唯一無二の女王、高貴な存在である
女王、有能な統治者である女王、恐怖政治の推進者である女王、そ
の、女王に。過ぎ去った時を取り返そうともがいても、時間は戻り
はしないのだ。男はジャクソンを助けようとしているように見えた
が、ジャクソンの目の中に救助の哀願以外の意志──静かな絶望の
確認──を見出して、一瞬戸惑い、それから黙って頷いた。
ずるりとジャクソンの手が滑った。思わず体が硬直し、手に力が
こもったが、そのまま手は滑って石組みを離れた。ジャクソンは墜
ちた。
数学者ジャクソンは墜ちていった。叫び声をあげながら、ジャク
ソンは頭を抱えた。絶望的だった。自分の無能の故にアリスは失わ
れた。自分はアリスのことを忘れられず、アリスを取り戻そうとし
て道を踏み外した。墜ちるところまで墜ちていくだろう。あの小屋
の中で自分はアリスを求め、アルコール漬けになり、そして遂に墜
ちていくのだ。アリスは高貴にして有能な存在となった。アリスが
今の自分について後悔を感じることがあるだろうか。自分は1人で
ノスタルジーに浸り、ずるずると滑り、そして墜ちていくのだ。ア
リスは何処だ? 何処にもいない、それは分かっていたはずだ。し
かし、自分はそれに耐えられなかったのだ。痛手から心と体を病み、
そして、墜ちていくのだ。関節のはずれた世界。適切なタイミング
で必要なものが与えられず、頼りない足場は崩れた。あの方程式は、
今なら解けた。あの足場は、あの頃なら崩れなかった。肝心のアリ
スは、どちらの時にもいなかった。彼女はジャクソンが鏡の国へ行
くのを思いとどまらせようとしたとき、既に鏡の国へ行く決意を固
めていた。そして確かな足場と足りない能力と共に頭を抱えていた
あの頃にも、また充分な能力と不確かな足場に手を振るわせていた
先程も、もはやアリスはいなくなった後だったのだ。城の大広間で、
終いにはアリスの口元から目が離せなかった。アリスがトランプを
殺す指示を出すのを、必死に見つめていた。そこにいるのは確かに
成長したアリスだったが、その目の前に立てば、傷つけられるのは
トランプではなく、もはや心身ともに屑布同然の自分だろう。
下には銀河が見える。あそこまでどれだけあるのか分からない。い
くら墜ちても近づいてこない。ジャクソンは叫び続けた。いつまで
も落ち続けて、これはつまり無能にして自分の前途を拓けなかった
自分に対する地獄の責め苦であるらしい。自分に幸福を与えること
ができず、繰り返し過ちを犯して自分を不幸に陥れた、1人の人間
すなわち自分をダメにした、その罪を裁かれているのだ。ジャクソ
ンは真っ逆さまに落下しながら、墜ちていく先から目を離せなかっ
た。そして墜ちていくうちに、銀河の方、墜ちていく先から、こち
らに向かってくる巨大な何かに気付いた。それはウサギのジャバウ
ォックだった。ジャバウォックは目をギョロつかせ、額に血管を浮
かべ、大口を開いて迫ってくる。その顎(あぎと)には鋭い歯が並
んでいるのが見えた。巨大なウサギのジャバウォックは罪を犯した
数学者のジャクソンを飲み込もうと、足下にその口を開けているの
だ。頭を抱えて絶望したジャクソンを飲み込み、つまりは許されな
い罪人ジャクソンを受け止めようというのだった。するとこのウサ
ギこそは、矛盾にまみれて世界の辺境を彷徨い続けた魂をゼロの点
に収束させ解決する、つまり調停者であった。ジャバウォックには
翼が生え、口から炎を吹き、爪が鋭くかがやいていた。星々は輝き、
星雲は輝き、銀河は輝き、宇宙は飽くまで静かであり、その宇宙に
抱かれて、叫び墜ちていく小さなジャクソンと、顎(あぎと)を開
いて待ち受けるジャバウォックが、見る見るうちに彼我の距離を縮
めていき、罪人は無限分割された調停者までの距離を永遠に落ち続
けていった。するとこれは救いであろうか。調停者と罪人の距離は
無限に近くなり、罪人は調停者へと無限に落ち続け、無限の薄さの
一刹那を介して、罪人と調停者、存在と非存在、始まりと終わり、
が、出会い、永遠に出会い続けてゆき、永遠の混沌の寸前の一刹那
の無限回の繰り返しの中において出会い続けてゆき───
宇宙の無限の静寂に包まれて。
ジャクソン&ジャバウォック 完