風になぶられ草は揺れていた


 春、曇り空が白銅色に輝く、風の少し肌寒い日、長時間パソコンに向かって
疲れた目を癒すべく、近くの土手に散歩に出た。

 土手には雑草が密生し、その根で土を固めているが、一口に雑草と言っても
様々な物がある。私がよく歩く関東の土手で言えば、葉に紫の艶やかな彩りを
添えるもの、青い可憐な花をつけるもの、同じ大きさの小さな葉が茎に並ぶ洒
落た草、白い花が美しくハート形の葉も可愛いシロツメクサ、桃色の花が子供
らの額を優しく飾るレンゲソウ、花の黄色が春に穏やかな色彩を添えるナノハ
ナ、葉の形が面白く、草餅にするために家族で集めた記憶も懐かしいヨモギ
等々。よく見れば、ツクシの愛らしい姿も見つかる。

 その中に、多く生えているにも関わらず、いまひとつ目立たないものがある。
よく見かけるが名前も知らない。ただ細く尖った濃緑の葉だけが、黒々と群生
している。

 その日、疲れた目を癒すために土手に出た私にとって、その草の緑は特に優
しく見えた。細く柔らかな葉が風になぶられ、風のなかに舞い、風の髪を梳い
ている。雑草という言葉が最も似つかわしいとさえ思える、この冴えない植物
が、急に愛おしく思えてきた。その葉のシルエット、繊細であるが、どこか飄々
として理知的でもある。その葉の色、華やかさとは無縁で、深い思いをたたえ
るように沈んでいる。その葉の動き、柔らかに風に身を任せるようでありなが
ら、なお激しさをうちに秘めている。その葉のざわめき、孤独と不安を掻き立
てつつ、飽くまで静かに人生の深淵を見はるかすようだ。優しく差し伸べた、
その手を、すっと葉が切って血がにじむ、その時の失望感も、いつか味わった
ことのあるもののようで、どこか懐かしい。

 曇り空が白銅色に輝く、肌寒い春の一日。少し強い風になぶられて、細い草
の葉が揺れていた。髪と服の裾を風になぶられつつ、心が麻痺したかのように、
私は黙々と土手を歩いていた。