旅に出ようと思った。格安の切符を買い、夜行列車に乗った。自由席は私の
目の前で最後の一席が埋まった。硬い通路の床に腰を下ろした。ウトウトし、
目が覚め、体が痛くなっていることに気付いて、しばらく立ち、また座ってウ
トウトする。一晩中そんなことを繰り返した。夜が明ける前に乗換駅に着いた。
乗換駅に着く30分ほど前に目が覚め、睡眠は足りていなかったが、それ以
上寝ることは諦めて、立ち上がった。まだ乗り換えの準備には早いが、起きて
いる者は何となくソワソワしている。浮き足だった空気が寝ているものを起こ
し、起こされた者達がソワソワと動き出す。そうして車内全体に身構えたよう
な空気が行き渡る頃、電車は乗換駅に着くのだ。
私の立っている通路のすぐ目と鼻の先に、2人連れの若い女性が席を占めて
いた。ちょうど無意識に視線を泳がせたときに、視線がそこに落ち着くであろ
う場所に座っている。1人が目覚めており、今、もう1人が目を覚ました。
きょろきょろと辺りを見回し、二人で何事か囁き交わし、沈黙した。一人が相
手の肩に頭をもたせかけると、もう一人が頭をなでてやった。
鋭い問いでも突きつけられたように、はっとした。
二人の間に、深い魂の結合のようなものを感じたのだ。
深い疲労感を覚えた。乗り換え後まで、その印象は続いた。強く生きたいと
願ってきた。その私の魂は果たして、あの二人のそれより豊かであろうか。そ
んな事を言っても仕方がないのは分かっている。群れなす鶴と孤独な鷹のいず
れが高貴な魂を持つかと問うても意味はない。群れていようがはぐれていよう
が、狼は狼でそれ以上でもそれ以下でもない。私も彼女らも、同じ電車に詰め
込まれ、似たような日常からしばし逃れようとする、同じ人間に過ぎない。た
とえ隣の芝がどんなに青々として見えても、だ。
しかし、と思う。何なのだ。この虚しさは。何だったのだ。あの衝撃は。斯
くも違うものか、と呆然とする。
格好を付けるつもりはないが、生き方、というものがあると思う。一貫して
いる者もいれば二重性・多重性を帯びた者もいようし、明確な者もあれば曖昧
な者もあるだろうが、それぞれが生き方というものを持っている。自分の生き
方があればこそ、美しく生きることもできよう。あるいは生き方に縛られて、
進退窮まることもある。
ここに二つの生き方がある。一方は思いを素直にうち明け、それを共有する。
もう一方は黙して語らない。聞いても話さない。受け止めても共有しない。ど
ちらが良いとか、悪いとかいう問題ではない。ただ何年か前に、長上に心理上
べったりと甘える自分に気付き、自らの足で立つことを選んだ。今ではひとつ
の生き方に徹することに、さほどロマンティシズムを抱いてはいないから不徹
底だが、やはりそこにひとつの取捨選択があった。一個の魂として屹立せんと
願うことが、直に温もりを感じるようなコミュニケーションの可能性を断った。
どんなに親しい友人とでも、もはやテーブルを挟んで相対することしかできな
い。相手がそれ以上近づけば、苦笑して顔を背ける。テーブル一個ほどの距離
が、途端に部屋の隅と隅との距離程まで拡がる。機嫌が悪ければ、暑苦しいぞ
と手を払いのけることすらするだろう。別にそのことについて後悔はしないが、
その選択を行った当時ほど無邪気に、その選択が美しく良きことだと信じるこ
とはできない。改めて失ったものを突きつけられると、些か呆然とする。
自己が独立しうる距離。相手を批判しうる距離。そんな距離を傲然と保って
不遜に生きることができれば幸福なことだろう。心の凍えるような距離も、そ
ういうものだと思ってしまえば、さほどの苦痛でもない。冷凍庫に入っている
肉と同じ事で、凍結時に氷の結晶が組織を傷めたとしても、凍結している限り
形が崩れることはないのだ。しかし、時にこの距離を超え出てくる者がいる。
一瞬間、手を触れて去ってゆく。その一瞬に、凍えた心が溶ける。そんなとき、
支えを失った組織から血や体液が流れ出すのだ。優しさのはずなのに、幸福の
はずなのに、何故か胸腔全体を締め付けるような痛みが走る。魂を照らし出す
ような、魂を定位するような、魂にそっと触れるような、言葉。そんな言葉な
ど求めもしない剛毅な精神を培うことを願っていたはずなのに、
そんな幼い憧れは虚しい幻想に過ぎなかったにしても、心弱になったもので
はないか、と皮肉な笑いが浮かぶ。
知っている。あの二人の姿に深い魂の結合などというものを見出す事のが、
それもまた幻想に過ぎないであろう事くらいは。ひとつの思い、ひとつの思想、
そんなものなら理解も共有もできよう。しかし、論理と非論理の癒着物、想い
と思想の混在する構築物、一人の人間が生涯をかけて構築した魂、そんなもの
が如何にして理解され共有され得ようか。軽く頭をなでるくらいで、束の間の
慰めで、その苦しみは消えはすまい。無いものねだりなのだ。
朝の訪れと共に様々な人生が動き出す。間もなく電車はラッシュアワーの満
員電車となり、車内はかまびすしい人生の洪水と化す。私も人の波にもまれ、
私の意識も人の波にもまれ、飲み込まれてしまった。