2.作品に見るShelleyの思想的変遷
(1) Queen Mab(1811-1813)


 イギリスにおいて長編詩の形式としては古い伝統を持ち一般的な(*17)
無韻詩(Blank Verse)で書かれている。典型的な教訓詩であり、全編ほ
とんどがQueen Mabによる教説(つまりシェリーの教説)と、それを素直
に受け容れる聞き手(作者にとって都合の良い聞き手)の遣り取りで進行し、
いささか説教くさいと言えるかも知れない。(*18)

 内容は社会改革の主張だが、ほとんど革命と言っていいほどの革新が
起きる様をシェリーは描いている。社会改善のための革命という主題は、
『The Revolt of Islam』や『Prometheus Unbound』にも共通するが、
その革命の在り方が微妙に変化してゆく。

 『Queen Mab』においては、人類社会における悪の根源は「君主政治・
商業・宗教」の三つであり、これらを取り除くことが主張される。(*19)
ここではシェリーは理性と自然を称揚し、君主政治・商業・宗教は人間社会
の自然を歪める不自然な制度なるが故に諸悪の根元なのである。「自然
(Nature)」「自然の大霊(Spirit of Nature)」「必然(Necessity)」
といった語が、ほぼ同意語として用いられ、称揚される。(*20)また、そこ
では理性が情熱を随えた状態が理想的な精神状態であると考えられる。(*21)

 他にいくつか注目すべき点を挙げるとすれば、まず「権力者をも奴隷と変
わらない」と考えた点(*22)が挙げられよう。支配・被支配を単なる社会
関係とのみ見ず、人格が悪しき状態に留まっていることにひとつの束縛を見
出したことは、若きシェリーなかなかの慧眼と言うべきであろう。理性を称
揚するだけあって、常識に捕らわれず事物の論理的構造を汲み取る柔軟な思
考が伺われる。この発想は『Prometheus Unbound』まで受け継がれている
ことが見て取れる。

 また理想社会実現の暁には、犯罪は力を失い、これを許してやるべきだと
述べる点も、後に受け継がれる特徴的な思考法と言えよう。後には悪を許す
には愛の原理を持ってするようになるが、愛を称揚しだす以前から、既に悪
の許しを語っている。この段階ではシェリーが悪の許しを語るのは、むしろ
理性・論理偏重の姿勢が感情による復讐を愚かしいものと捉えたためであろう。

 また高徳の士の敗北(*23)とキリストの扱い(*24)も注目すべき点と
して挙げられるであろう。Queen Mabは過去にも高徳の士はいたものの、皆
歪んだ社会に敗れたと語る。この良き人物の敗北のイメージは『The Revolt
of Islam』のレイオン・シスナの受難と刑死、プロメテウスの3000年に渡る
苦難へと引き継がれてゆくが、キリストの扱いの変化と軌を一にして、微妙な
変化を遂げるように思われる。すなわちQueen Mabにおいては、キリストは
創造神(=復讐神ヤハウェ)と並んで悪しき存在として描かれているが、
『Prometheus Unbound』においてはキリストはプロメテウスによって尊敬
すべき同志と見なされる。(*25)これと同時に、良き人物の敗北はキリスト
の受難という第一主題と近似してくるように見える。この点については確言す
るためには、より詳細に他の作品や手紙の内容にも目を向けねばなるまい。

 他に前後と深く関わるわけではないが、それなりに興味深い点として、肉食
は不自然な姿であり、すべてが自然法に従うとき肉食獣すらも肉食をやめると
考えていたらしい(*26)こと、次に見る『Alastor』や『The Revolt of
Islam』では(それなりに)偉大なものとして描かれている巨石建造物・遺跡
類、特にピラミッドが、ここでは儚い王権の象徴として否定されている点など
が挙げられよう。

 なお、高橋氏は『Queen Mab』に「現代的革命的意義」を認めているが、
学生運動の敗北・ソ連邦崩壊後の我々にとっては、支配者・支配制度を闇雲に
批判する革命的主張はいささか空虚に響くだろう。今後『Queen Mab』への
注目は次第に薄れるかも知れない。