2.患者への対応〜介入と具体的治療法〜

(1) 介入の在り方
 現在の日本では学校や登校中の児童を標的にした無差別犯罪が急激
に増加しており、子供のPTSDに対処できる専門家の養成と同時に、
そうした際の迅速・組織的な介入体制を確立する必要がある。ただし、
こうしたケースは介入の必要が明かであり、子供の症状もPTSDとして
は比較的軽症の場合が多いと考えられ、社会の認識の高まりとともに
体制が整備されるであろうと期待できる。こうした制度は同時に大規模
災害、子供を特別に対象としない無差別犯罪に巻き込まれた児童にも
有効である。
 問題は児童虐待や性暴力被害によるPTSD、その他のPTSDに対人不信
が絡んでいる場合などである。こうした状況では患者が専門家の治療を
拒む可能性があり、それでなくとも患者と治療者の間に信頼関係を築く
ことが難しい等、多くの困難が予想される。わけてもこうした患者は
発見が困難である点が、これらの原因から発症したPTSDに特有の大きな
困難であると言えよう。統制不全型の精神疾患は明らかに問題が外在化
するし、発達不全型の精神疾患も教育課程で明らかに認知されるであろう。
それに比べて統制過剰型の障害は全般に問題が表面に現れにくい。中でも
上記の原因によるPTSDは、その最も激烈な症状である侵入的な想起の
最中でさえ患者が何事もないかのように振る舞う(ないしは振る舞おうと
相当な努力をする)場合があり、また家庭内での児童虐待の場合は子供と
最も接触の機会が多い家族が、子供の症状を問題視しない場合があるなど、
極めて周囲から気付かれにくい。同じ統制過剰型の精神疾患でも、鬱病は
死にまつわる発言で暗に周囲にメッセージを発することがある点、大鬱病
エピソードでは明らかな行動の変化があり、家族がそれを問題として認識
しうる点で比較的発見されやすく、また神経性無食欲症が明かな体格変化
を生ずる点で、やはりまだしも発見されやすいと言えよう。
 発見されないままで時間が経過すればするほど患者が孤立し、PTSDの
症状が悪化し、あるいはPTSDの症状が悪化しなくとも他の症状を併発し、
全体として状況を悪化させてゆく危険がある。児童虐待については虐待の
事実をより素早く察知する仕組みと、察知した際により確実に子供を保護
できる制度の確立が望まれるが、国家権力による親権の侵害という問題と
ぶつかり、独特の困難がある。性暴力被害については、とかく社会の認識
を変え、偏見をなくしてゆく努力が必要であろうと考えられる。

 介入の第一歩は患者と治療者の間に信頼関係を築くことである。相手が
子供の場合は、大人とは異なる細やかな気配りが不可欠である。(*15)
 次いで患者の状態を把握する必要があるが、小さい子どもは自分の状況
を言語化して説明できないことが十分考えられるし、ある程度以上成長した
後でも、整理して理解しやすいように要領よく話すなどという事は望めない。
また説明は想起を伴い、侵入的想起のトリガーとなってしまう危険もある。
性暴力被害の場合は、被害の核心的部分に近づけば近づくほど話しづらく
なる。聞き手が歩み寄ることが必要である。言葉にならない行動の中から
状況を読み取ることが、特に言語能力の低い幼児・児童の場合に決定的に
重要となる。(*16)また患者が言語による説明が可能であれば、話し
やすい環境をできるだけ整えてやることが鍵となる。話したいことを話したい
だけ話せるように、まずは治療者は善き聞き手でなければならない。共感的に
耳を傾け、必要なところで適切に質問や確認などをして話を促し、また視線の
関係、座っている位置関係を工夫したり、信頼関係の構築度や状況に応じては
手を握る、肩を抱く等、身体的要素の工夫が有効な場合もある。
 (*18)薬物治療も補助的に行われることがあるが、治療の中心は現在の
ところ認知行動療法であり、従って実際の治療に進むに当たっては患者側の
積極性が必要であり、積極性を引き出すのに必要な周辺状況を整えることが
必要となる。衣食や睡眠習慣など本人の個人としての生活を少しでも整え、
必要な場合には本人を取り巻く最小の社会である家庭に介入し、また様々な
困難を回避し社会生活を回復できないか模索する。また自己の先行きに関する
不安感や、自信の喪失につながるようなPTSDに関する偏見や自己の現状に
関する間違った理解を取り除くため、PTSDに関する知識を学ばせる。治療者
以外に、日常の中に共感的で理解力に富む協力者が得られ、良好な社会的関係
を構築できれば、治療に大いに資すると考えられる。

(2) 具体的治療法
 治療に至るまでの周辺準備が整ったら、PTSDそのものに働きかける実際の
治療に取りかかる。ただしPTSDの治療は患者にとって大きな苦痛であり、
その点のケアも必要となる。治療によっては苦痛から2、3割の脱落者を
出すという報告がある。(*19)具体的に用いられている治療法として、
以下のものが挙げられる。項目はあくまで便宜的なものであり、実際の治療の
場では、いくつかの方法を同時並行で、あるいはひとつの治療の中に組み
あわせて用いられる。

・認知行動療法
 PTSDの治療法についての記述を見ると、多くの治療法があるかに見えるが、
認知行動療法のバリエーションでしかないものや補助的な治療法ばかりで、
最終的には認知行動療法に帰着するように見える。認知療法で認知の枠組み
を変えつつ、曝露療法で外傷的イベンツを単なる過去の記憶へと処理する
手助けをする。

・認知療法
 ここでは外傷的イベンツの責任が自分にあると考えたりする認識の
枠組みを修正する療法。言語的療法。

・曝露療法(Exposure Therapy)
 安全が確保され、支援者がいる状態で、外傷的イベンツに関わり、
侵入的想起のトリガーとなったり回避の対象となったりしているもの、
場所、人などにわざと接触することで、それらの刺激に慣れさせる。
外傷的イベンツに関する記憶を通常の過去の記憶と同じ状態にする処理を
促進するのだという説明が為されることもある。

・Imaginary Exposure Therapy
 暴露療法のバリエーション。実際に対象に曝露するのではなく、外傷的
イベンツを、その際の感情まで含めてイメージの中で再現することで曝露
を引き起こす。患者は目を閉じて治療者に事件の経過を話し、治療者は
基本的に介入はしないが、話が曖昧な場合には質問をして話を明確にする。
さらに話は録音し、治療以外の時にも繰り返し聞くことが求められる。
曝露療法すなわちImaginary Exposure Therapyという紹介の仕方も
散見される。(*20)

・EMDR
 Imaginary Exposure Therapyの際に眼球を左右にリズミカルに運動
させる。PTSDに神経学的背景があるとの考えから、眼球運動の神経に
及ぼす影響を通じて記憶の処理、苦痛となる感情の処理を促進する事を
目指す。理論は検証されていないが有効性が認められるとされている。(*21)

・プレイセラピー
 認知行動療法を行う上で、言語能力の発達が不十分な子どもを対象と
する場合など、言語に頼れない場合に行われる。言語表出をおもちゃ、
遊びによる表現に置き換える。

・薬物療法
 SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)に代表される
薬物を投与する療法。薬物のみで治癒を目指すことはほとんど無く、通常は
他の療法の補助として用いられる。(*22)

・リラクゼーション
 文字通り患者をリラックスさせて過覚醒を静めたり侵入的想起を防いだり
する。治療法と言うよりは患者の状態を整える方法。呼吸法、運動、イメージ、
動物、アロマ、ヨガ、キャンドルの炎を見つめる等々、方法は様々。

・催眠療法
 リラクゼーションの一種として行われたり、他の負担の大きい療法を行う
際に負担を減らすために用いられたり、暗示でPTSDの症状を取り除く試み
として行われたりする。

・家族療法
 主に神経症などで家族関係が精神疾患の原因となっている場合に用いる。
PTSDの治療においては、療法と言うより患者の周辺を整備する方法となる。
家族の患者支援体制を整える。

・グループ療法
 患者数名をグループとして、一緒に治療のための試みを行う。同じ疾患を
有する者同士の交流が患者の状態によい影響を与える可能性がある。

・入院治療
 重症のPTSD患者や自殺企図が見られる患者は、入院させて経過を見る。

・芸術療法
 絵や音楽、歌などの形で自己の経験をまとめ、客観的理解を成立させPTSDを
治そうとする。箱庭療法や子どもの描く絵画はプレイセラピーと違いは少ない
ようにも思われる。